伊東市市長の学歴詐称問題で、議会が紛糾しています。百条委員会設置と辞職勧告決議案が採択され、市長も辞任の意思を表明しました。また、市民から市長に対し、公職選挙法違反の疑いで刑事告発もありました。
問題なのは、市長は、公職選挙法にも違反していない、単なる自身の勘違いから招いたことで、来たる市長選に出直し出馬すると開き直っていることです。そして、違反が法的に立証されなければ、あくまで問題ないと考えている彼女の根性が問題なのです。
罪に成らなければ問題ないという姿勢を維持する彼女の人間性について、市民はどう感じているのでしょうか。彼女の人間性の一端を表しているのは、あるはずの無い卒業証書などを市議会議長、副議長にチラ見せしたことです。もし彼女の言う通り、自分としては卒業していたと思っていたのであれば、そんな小細工の誤魔化しをするのではなく、大学に問い合わせし、卒業証明書を発行してもらえば済むことだと思います。そして、それを議長、副議長に見せれば良いのです。残念ながら、彼女はその誤魔化しを実行した後に、後悔したのか、又は、弁護士などの助言があったのか、その後大学に問い合わせし、除籍が判明したのです。彼女が怪文書として、一刀両断した告発文の中に、除籍のことが記されていたのも不思議です。本人が認識していないことを他人が知っていたことになるのです。
これらのことは、本人がしらばっくれれば、完全に違法を立証するのは難しいかもしれません。だから、そこをついて、無実を主張し、再出馬することにしたのでしょう。しかし、そんな人間を市のトップに座らせていいのでしょうか。このような誤魔化しをする根性の人間であれば、市政活動の中で、いろいろと誤魔化しをするのは見えています。
伊東市の有権者の皆様が、そこのところをよく考えなければなりません。確かに、図書館の立て替え反対と言う政策で市民に支持されて、市長に当選したのかもしれませんが、その点よりも、市長に相応しい人格の持ち主であるかという点についても、きちんと判断し、投票することが重要であることが、今回のことではっきりしたのではないでしょうか。
もちろん、今回の問題が発覚しなければ、市長の人間性は市民には分かり難いのは確かです。今のような一方的な言いっ放しの選挙演説主体の選挙戦であれば、そこまで、わからないかもしれません。だから、出来るだけ、候補者の人間性の一端を垣間見えるような選挙戦にしなければならないのです。その為には、候補者同士による、公開論戦を繰り返すことがひとつの手段だと思います。人間、自分の弱いところを突かれたりすると、本性が垣間見えるものですから。