NHKのドキュメント番組で、東海村核燃料加工施設での放射線被曝事故の被害者の亡くなるまでの83日の記録が放送されていました。
原子力について、その凄まじいエネルギーを有効活用することが人類のエネルギー問題に寄与しているのは間違いないと思います。しかし、一方、その取扱いを誤れば、人間にとっての大変な凶器となることも我々は承知していると思います。核爆弾、核兵器がその最たるものだと思いますが、原子力の平和利用でも、一旦、事故でも起こせば大変な惨事となるのも理解はしていたと思います。チェルノブイリ、福島とその惨状が度々ニュースやドキュメント番組などで、放送されて来ました。放射能が人間を含む生物に与える影響は、広範囲、長期に渡り、我々の生活を破壊して来ました。そういう概念はありましたが、実際、生物に対する直接的な影響の実態は知りませんでした。今回の番組を見て、そのあまりに凄まじい力に驚愕してしまいました。
被曝された被害者は事故の三日後から、専門的に治療が出来る東京大学病院に転院して、本格的な治療が開始されました。看護師の証言では、その当時は、普通に会話も出来、どこが悪いのかというような状態だったと言います。核兵器の被爆のように、熱線で焼かれた訳ではありませんでしたので、ただ、大量の放射線を浴びた状態では、すぐには見た目の影響が出なかったのです。放射線を多量に(このときは安全基準の数万倍)浴びると、生体内の各細胞にある染色体が粉々に破壊されるそうです。染色体とは、人間の設計図のようなものですので、生体が日々為されている新しい細胞を作ったりすることが出来なくなることが大変な問題なのです。
つまり当初は人間の生物としての形を維持出来ていますが、新しい細胞が供給されなくなってしまうと、人間の各器官の機能が失われて行くことになるのです。例えば、見えやすい部分では、皮膚は日々新しい皮膚が下層から出来て来て、古い皮膚は剥がれて行くような新陳代謝が行われて行くのですが、この場合、剥がれた皮膚の代わりを務めるはずの新しい皮膚が供給されませんので、全身の皮膚が無くなる訳です。その為、全身を包帯で覆って、少しでも皮膚の代わりにしようとするのですが、もちろん、それだけで事足りる訳はありません。その為、培養で作られた皮膚を移植するのですが、なかなか定着しないので、効果も発揮できなかったのです。消化器器官をカメラで見ていましたが、腸などの表面もどんどん崩れていくのです。免疫機能を担う細胞も破壊され、その中では白血球がどんどん減少し、これも適合する妹さんの血漿を導入することで一時的に白血球数を増やすことになりましたが、そう長くは続かなかったのです。そのように破壊された細胞、死んだ細胞を免疫細胞が攻撃し、さらに破壊が進むといった有様でした。
このような地道な医療活動が続くのですが、どれも根治を目指したものでは無く、一時凌ぎの療法でしかありませんので、被害者の状態は日に日に悪化して行きました。呼吸も出来なくなり、気管を切開し、人工呼吸器とつながれ、それからは話も出来なくなりました。医療チームの誰もが、駄目だと理解していても、それを言い出すことは憚られ、考えられる限りの延命治療が続けられました。
そして、83日目に、とうとう息を引き取られたのでした。もちろん、この83日間、医療チームだけでは無く、ご家族、妻や子供も連日の闘いを続けられたのでした。
ショックだったのは、看護師が自分達は何を相手にしているのか分からなくなりましたと、人間では無く、何の物体なのかと思うこともむあったと述べられていたことです。もちろん、カメラにはそのようなことが分かるような撮影はされていませんが、人間が内部から崩壊してしまうと言う本当に恐ろしいことが現実に起こっていたことが想像出来、自分も酷く打ち負かされたのでした。死後の解剖により、生体のいたるところで、細胞は破壊されていて、筋肉の細胞も原型を留めていませんでした。しかし、唯一、心臓の筋肉細胞だけが形を留めていたことが判明し、専門家達もいろいろと議論されたそうですが、理由が判明しなかったそうです。但し、このことが何らかの放射線への対策、被曝治療に活路を見い出すきっかけになればと、一筋の光明が見えた気がしました。このように今後に役立つことがあれば、少しは救いになるのではと思いました。
この番組を見て、原子力というものがどれだけ恐ろしいものかと再認識出来ました。しかし、だからと言って、恐れているだけでは何の進歩も無いのも事実です。私自身、大きく二つの教訓を残されたのだと感じています。
ひとつは、このような恐ろしいことを起こす技術を人間を殺す兵器にしてはいけないと言うことです。残念ながら、何万発もの核弾頭が世界には保有されていますが、それを使用することはもちろん世界を滅ぼすこととして、強く認識しないといけません。核兵器を保有する国のリーダーは、自分自身が今回の被害者のような目にあったことを想像し、核廃絶こそ最も重要な使命だと理解すべきです。
そして次は、例え平和利用だとしても、いい加減な安全対策では通用しないことを肝に銘ずるべきです。福島原発の事故も、東海村での事故も、人災だと思います。何重もの対応策を重ね、どんな状況になっても決定的な事故は起こさない対策を講じるべきで、それには公的な金をきちんと手当することが必要です。原子力への安全対策を近視眼的な経済性で論じることは許されないと思います(そのようなことが出来ないのであれば原子力は廃絶すべきだと思います)。