最近のブログで、衆議院選挙についていろいろな考えを述べて来ました。
現実的には、どの政党、どの候補者に投票するべきか非常に難しい選択を迫られています。誰に投票しても何も変わらないのではと悲観的に思っているひともいると思います。政治家そのものに対して、不信感を抱いているひともいると思います。平成から令和にと時は移って行けども暮らしは良くならないと閉塞感に苛まれているひとも多数いると思います。確かに、政治家と金の問題、政治家とカルト宗教の問題など、国民不在の世界を作っている政治家達に多大なる責任があるのは間違いありませんが、そのような議員達を選んだ我々国民自身の責任も忘れてはいけません。
私も、ほとんどの政治家は私利私欲の為に議員になっているのではないかと感じています。その根拠は、国民が生活に困窮している状況がこれだけ長く続くにも関わらず、政党は違えど、どの議員の誰もが、議員の法外な報酬、手当の一部でも、国民の支援に充てようと、国民と痛みを分け合おうとするものがいないと言うことです。そんな金なんて、微々たるものであると言い訳するかもしれませんが、自分達だけ豊かな生活を享受していることを恥じない神経こそ問題で、国民の本当の姿を理解し、寄り添うことなど出来はしないことの証ではありませんか。しかし、だからと言って、そのような政治家達に好き放題させるように知らんふりしていてはなりません。我々が沈黙していては、何も変わらないのですから。
政治家の中にも、本当に国民の為に議員になり、仕事をしたいと考えているひとも多くはないかもしれませんが、存在すると思います。我々は、そのような候補者を掬い上げることを諦めてはいけないのです。また、我々がそのような行動を起こせば、今後は、国民目線のひとがこれまでよりも多く選挙に出てみようとすると思います。
だからこそ、ひとりでも多くが投票に行くべきなのです。どんなに権力を持っている人でも、大金持ちであろうと、投票用紙は一票しかありません。貧富の格差と関係無く、平等な権利は選挙権の一票だけなのです。その権利を行使しないことは、その唯一の貴重な権利を放棄していることになり、またそのことで、社会を牛耳ている権力者達、富裕層が意のままに政治を動かせると陰でほくそ笑んでいるのです。
今のように半分近くの国民が投票を放棄していては、社会を変えることは出来ないのです。データでは、富裕層ほど投票率が高く、本当に国から支援を受けなければならない貧高層ほど投票率が低くなっているそうです。その結果、富裕層がさらに豊かになるような政策がまかり通って、富裕層が益々豊かになっているのです。
このような構図を我々すべての国民は理解しなければなりません。そして、一部の人間達の方を向いている政治を本当に庶民の方に向けさせなければなりません。
是非、選挙に行き、一票を投票しましょう。貧困層や生活に苦しむ庶民こそ、国から支援を勝ち取るべく、投票権を使うべきなのです。
我々弱い者達は団結して声を上げることしか出来ないのです。それが我々にとっての唯一の武器なのです。そのことを放棄してしまうと権力を持っている者達、富裕層が好き放題に社会を動かしていくのです。それを阻止しないと、絶対に我々庶民にとって暮らしやすい社会にならないのです。
そうなのです。どうせ駄目だと思い何もしないことが逆に自分達の首を絞めていっていることを決して忘れないでください。
だから、是非とも選挙に行ってください。