NHK放送で、ミャンマーの若者達が軍事政権に対抗する為に、武装化に向かう姿を追ったドキュメント番組を見ました。
ミャンマーは太平洋戦争終了後に日本の傀儡政権からビルマ国として独立しましたが、その後、内戦の中、主に軍事政権が続いていました。2016年にアウンサンスーチー女史をリーダーにした民主主義政権が一次、国を治めるようになっていました。しかし、2021年のクーデターにより、またもや軍事政権が国を治めるようになりました。
一時期の民主主義時代に自由を経験した若者、学生を中心にして、反政府運動が勃発していて、その中心的なメンバーの学生を追いかけたドキュメントでした。
彼らは軍事政権下では、やりたいことも自由に出来ないことで、民主主義社会になることを熱望していて、デモ、ビラ配りなどの運動を続けていたのです。しかし、その活動に対して、軍事政府は、武力で弾圧し、市民に銃を向け、多数の死傷者が出ていました。このような状況で、これまでの活動の限界に悩み、武力で対抗することしか解決の道は無いと考えるようになって行きました。そこで、地方でもいろいろな少数民族などが政府に抵抗していましたので、それらの勢力に軍事的な指導、訓練を受けることを申し込み、代表メンバーが軍事訓練に参加したのです。その後、学生を中心とした若者の反政府勢力は千人の規模となり、指導を受けた反政府勢力と連携して、政府軍を攻撃し、支配地を拡大して行くのでした。
この番組を見て、印象的だったのは、登場する若者達は普通の善良な人間で、暴力に訴えることに抵抗ある人達だったのが、結局武器を取り、政府軍の兵隊と殺し合いをすることになったこと、そして、命を失うことより、未来を失うことの方が辛いという思いでした。
我々、日本に戦後に生まれた人間は当たり前のように、自由を謳歌して来ました。いろいろな問題はあるとしても、望めば、高校、大学に入り勉強することも、自分のやりたい仕事に就くことも、努力をすればある程度は可能な社会に生活しています。ミャンマーの若者のように抑圧されたことなどありませんし、銃をとって、政府を倒そうと想像したことさえありません。ましてや、命を落とす可能性の高い戦闘に進んで入ろうなんてほとんどの人が考えないのではないでしょうか。
私は武力で何かを勝ち取ることには基本的には反対です。人間の尊い命を奪い、長い時間とお金をかけて作って来た街や施設を破壊することほど、愚かなことはないと思っています。それよりは、どんなに嫌な相手であろうと、話し合って解決することが一番の手段だと思っているのです。
しかし、残念ながら、話し合いで解決をする為には、自分達の立場を主張するばかりであれば、解決は難しく、お互いが相手の立場を理解しようとするスタンスが無ければ、絶対に解決などには届かないのです。
ましてや、こちらが非暴力で訴えたことに対して、銃を向けられ、撃たれたりしたらどうするのでしょうか。私の理想とする抵抗運動は、ガンジー氏の実践した非暴力、不服従の運動ですが、銃をつきつけられたときにも、毅然として、不服従の態度を貫けるか自信はありません。この運動でも、命をかける勇気が無ければ、とてもやれないことなのかもしれません。銃で脅されれば、結局服従してしまうかもしれません。それなら、銃には銃をと抵抗することの方が現実的なのではと考えてもおかしくないと思えます。本当は、そのようなことを認めたくないのですが。
非暴力、不服従と理想を言っても、不屈の精神が無ければやれないのです。死を覚悟してもやり遂げたいと言う強い決意がないと出来ないのです。それに、やはり、自分ひとりでは、単なる犬死としかならないのですから、もうひとつ重要なことは、どれだけ多くの人間がこの運動に加わるかということだと思います。少数では、簡単に駆逐されるでしょうが、多くの人間が死の覚悟を持って、非暴力、不服従の運動をすれば、犠牲者は避けられなくとも、いつかは、民衆の力が無慈悲な力に打ち勝てるときが来ると思います。
ミャンマーの若者達が、自分の命が尽きても、自由という未来を勝ち取りたいとする利他的な精神は、命をかけて非暴力、不服従の運動をして民衆の為の社会にしたいと言うのは共通した精神が宿っているような気がします。
ただ、出来れば、人を殺さないでもいいやり方の方が精神的な地獄は少ないと思えるのです。この気持ちを敵味方関係無く、大多数の一般庶民が理解出来れば、みんなが武器を捨てるのが、最良の未来を創ってくれるのだと思います。