NHKのBS放送において、アフリカの大地で若い雄ライオンの生態を追うドキュメント番組がありました。
ライオンは、恐竜が絶滅し、哺乳類が繫栄した近年の大地で、人間が武器を発明するまで、生物界の頂点に立っていました。今でも、アフリカの自然公園などでは、百獣の王として、存在しています。
ライオンの生態は完全には解明されてはいませんが、猫族では唯一群れで生活していることが知られています。成年の雄を筆頭に、数頭の雄と十数頭の雌と、子供達の構成です。リーダーの雄ライオンは他の群れや外敵からの縄張り防衛、子作りが主な仕事で、基本獲物の狩と子育ては大人の雌ライオンが担当します。生まれた子ライオンの雌はほぼこの群れで一生生活しますが、雄の子ライオンは、三歳くらいで、群れを離れるようです。この番組では、生息地の違う三頭の若い雄ライオンにGPSを着け、その行動を追跡、撮影していました。そして、彼らは間もなく群れを離れ、放浪ライオンとして、生活するのです。放浪ライオンは兄弟や他の群れから離れて来た放浪ライオンとタッグを組み、獲物をとったりしていますが、基本はライオンの群れの縄張りから外れた場所を中心に行動しています。その後、成獣に成長すれば、群れを乗っ取ろうとします。特に、年老いたライオンが引き連れる群れなどを狙って、戦いを挑むのです。戦いに勝てば、群れを率いることが出来るのです。追われた老ライオンは群れを離れ、死に向かうのです。これで、世代交代が為されると言うことなのです。
このように百獣の王と呼ばれるライオンでも、その生を全うするのは大変なことなのです。狩のスキルを磨くのはもちろん、外的との闘争に勝ち抜いていかなければなりません。そして、一時的に百獣の王として君臨出来たとしても、老いがその地位を奪うのです。
自然の中の動物達の生態を見ていますと、百獣の王と呼ばれてもみんな必死に生きているのです。人間も見習わないといけないと思います。「働かざるもの食うべからず」とはよく言ったものですが、人間社会では健康であっても、働かないで暮らしている人が多くいます。事情はいろいろと違うかもしれませんが、一部の社会的弱者を除いて、みんなが自分の適性に合った仕事をして、社会に貢献していけば、ある程度豊かな人生を送ることが出来るかもしれません。しかし、問題は、働かなくても食える環境を持ち、その環境を享受しているものや、働きたくても働く仕事が無いものが、人類の生産性を落としているのです。後者は、社会の仕組みの問題でしょう。前者は、子育て、教育、人材育成の問題だと思います。いずれにせよ、政治が解決すべき問題だと思うのです。もちろん、健康や老齢の問題で働けない人もいると思いますが、これは社会弱者として、社会全体でサポートしないといけないのは当然だと思います。
動物などの世界と人間社会が違うのは、弱者を救う知恵があるか無いかだと思うのです。弱肉強食ということは、自然界ではある意味、自然の摂理ではあるのですが、弱者を見捨てないということが人間特有の助け合いの社会なのです。
ここで、私が言いたいことは、人間を除けば、生物の頂点にいるライオンでさえ、自然の摂理の中で、必死に生きているのです。我々人類も、働いて社会に貢献しつつ、必死に生きていかなければならないのです。但し、人間と他の生物の唯一の違いは、弱者や弱い生物を見捨てないということだと思います。
人間を除く全ての生物は自然の摂理に従って、生を全うします。人間は自然の摂理の中に生きているのですが、その範疇を逸脱して、利己的な理由で無意味な殺生をすることがあります。前回のブログで、このことが、多くの人間から平穏な暮らし、そして幸せを追求する人生を奪っているのです。一方、人間は弱者を切り捨てることはせずに、どんな人間でもある程度豊かな生活を送れるような社会を作るだけの知恵を持っているのです。是非、自然の摂理を破るのは、この点だけにして欲しいものです。