このブログの「724. 愛国心とは」で、愛国心の中に隠された権力の意図について述べました。愛国心という言葉をそのまま解釈しますと、国を愛する心と言う意味になります。自分の生まれ育ったところの、その環境、住んでいる人々などに愛着を感じることが、純粋な愛国心だと思っています。それは我々国民が自然と心の中から湧き出て来る気持ちであるべきだと思っています。しかし、権力者、為政者は愛国心の下に、国民を操ろうとして来たのが、これまでの歴史の中にあった現実なのです。
昨今、高市政権は、「国旗損壊罪」なるものを刑法に加えようとしています。これは、日本国に対して、侮辱を加える目的で、国旗を損壊し、除去し、又は汚損する行為についての処罰規定を整備する必要があるとの考え方から、この法律案が提出されたようです。
そもそも、権力や権威で、日の丸を日本国のシンボルとして崇めよとする基本的な姿勢が根底にあるから、このような法律を作りたいのだと思います。もし、国民主権が本当であれば、国民自らの気持ちで、日の丸を敬うことが自然発生的に拡がるのが自然な形であり、強制されるのは全くもって権威主義の為せる業なのです。
政治とは、国民が心底愛せるような国を作ることが仕事であり、そのような国造りが出来れば、国民に強制しなくとも、国民の多くが愛国心を抱くようになりますし、国旗も敬うようになるものです。形式的に愛国心を植え付けようとするのは、全くもって筋違いだと思います。
今、多くの国民が物価高で日々の暮らしに四苦八苦している状況で、また将来を見ても、暮らしが良くなるという希望も持てない状況にあると思います。今の政治家の本来の役割は、その状況を少しでも改善させるような手を打ちつつ、さらに未来への希望を感じられるようにすることだと思います。「国旗損壊罪」などと言うような形式的なことに労力や時間をかけている余裕は無い筈です。
このような状況を冷静に見て来ますと、高市首相の本音が垣間見られると言うものです。つまり、権力で、国民を自分の考える方向に無理やり、引っ張って行きたいのだと思います。国民の生活より、自分の考えや権力や地位を守ることの方が優先されるのでしょう。
簡単に愛国心と言いますが、政治家の使う愛国心には、愛なんて感情が少しも存在していません。愛国心があるのであれば国民に我慢しろと言っているのが聞こえて来ます。国民に対して愛があるのであれば、政治家自身がその世界最高レベルの高報酬や特権を返上し、それで余ったお金を国民の為に役立ててくださいと言うのが本当だと思います。政治家にとって、国とは自分の権力、地位、富のことであり、国民の生活など二の次なのです。その証拠として、これだけ、一般庶民の生活が苦しいにも関わらず、自分達の報酬や特権を一部でも返上しようとする話が出て来ません。
このような自己中心的な政治家達が愛国心を語るのは、片腹痛いと言うものです。