日本国内でも、海外のスパイが暗躍しています。それに対抗する為に、スパイ防止法が検討されています。また、日本の諜報活動を効果的に実行する為に、それまで、内閣、公安、防衛庁などに分散していた機能を一元管理出来る体制を整備することも進められています。このような動きに対して、いろいろな懸念事項が考えられています。諜報活動は、非常に機密性の高いものであって、且つ、特別な権利を与えられることも多く、その活動の正当性をどのようにして担保するのかが非常に難しいのです。日本の戦前の経験からも、特別な権利を悪用することで、国家や個人に対し、被害を被らせることもありました。国家の安全保障を守る為という、錦の御旗を掲げることによって、行き過ぎた行為や、個々を利するようなことや、無実の国民に罪を被せることも出来るのです。人間は特権を与えられたら、本来の目的から逸脱して権力を行使してしまう生き物なのでしょう。それほど権力とは、人間を狂わす媚薬のようなものなのです。
オーストラリアでは、諜報機関とは全く独立した監視組織を作っています。諜報活動の内容は国民には公開出来ませんが、この監視機関は諜報活動の内容を知り得る権利を持っていて、違法性をチェックすることが出来るのです。このようなやり方に権力が暴走しないようにするヒントがあるのではないでしょうか。
民主主義においては、いろいろな権利、権限はその職務を遂行する為に、特別に与えられているものです。だから、例えば政治活動においては、国民の生活を守るという目的の為にだけ、政治家はその権利を行使出来るべき筈なのです。しかし、現実は、一旦、選挙で選ばれたら、まるで自分の権利のように、国民の為にと言う言葉に隠して、自分の為に、それを使ってしまうことが多くあると思うのです。今まで、このブログで取り上げて来た、政権の中や、議員の活動の中でも、いろいろな例があったと思います。最近でも、国民生活が貧窮していることに、いろいろな手を下すことが最重要課題である筈なのに、減税策の具体化もままならない状況下でも、国旗損壊罪や大阪都構想のような、一部の議員の思惑を満たす為の政策に多くの時間と労力と金をかけていても、自分達の権限であるとして、平気でいます。皇室典範改正についても、国民の声を聞こうなどという姿勢はほとんど感じられません。自分達だけの閉じられた世界で、それぞれの思惑に従って動いているだけではありませんか。このことは、最終目的である国民の為にということに常に照らし合わせることを忘れているのか、権利をどう使おうと勝手だとでも思っているのか、権力を得られれば、自分のもののように振る舞う議員が多数存在しています。福岡県議会の騒ぎも、議員達は県民不在の醜い争いだとはちっとも思っていないのでしょう。自分達は、議員という席をとることを最優先に、お金を動かし、議員の席をとれば、その権利は使うのが当然であり、海外視察と名ばかりの活動を何年も続けていて、恥ずかしくないのです。ハワイになんども行くなど、どんなに、抗弁しようが、県民の為にどう活かされるかをきちんと説明出来るとは思えません。
人間は基本的には愚かな生き物なのでしょう。そうだから、権力を握ったものは、その権限、権利を拡大解釈して、私利私欲に活用してしまうのです。
この人間の特性を充分考慮し、我々の社会の制度や体制を再構築していくべきだと思うのです。権力が特定の一部のものに集中することは避け、また、その権力の及ばない所に監視する機能を設置すべきだと思うのです。
現状は、そうでないので、例えば、政治家や官僚は、自己保身に走り、高市首相に正面切って異議を唱えなくなり、福岡県議会のドンも県民に対して、悪びれる様子も無く、ハワイなどへの旅行を視察と称する。それに対して、この旅行がどれだけの意味があったのか、このボスの力を恐れて、議員の誰も追求して来なかった。そのことにより、益々平気で権力を好き勝手に行使するような悪循環が起きてしまっているのです。
そのような愚かな人間には、権力を与えられる権利はないのですが、残念ながら、今の政治に関わる制度が手前勝手を見過ごすようになっていますし、またその制度を決める権限さえ政治家の手の内に存在しているのです。
相当な人徳のある人格者でも無い限り、権力とは人間を駄目にする媚薬なのです。