これまで、日本の政治家達の言動、行動を注視して来ました。そこで、自分なりに明らかになったことを述べたいと思います。

 政治とは、個々人だけでは成し遂げられないこと、つまり国民の生命、生活を守ることが重要な目的であると思っています。そして、国民が幸せを追い求めることに対し公平な機会を与えられるように、ルールを整備し、また、はからずもハンディキャップを背負った弱者へ救いの手を差し延べることだと思っています。

 政治家は、そのような目的の為に、己の能力、経験を活かし、国民の声を広く聞き、私利私欲を出来るだけ抑えて、公僕として尽くす志を持って、行動することが出来る人間が就くべきものだと思います。

 もちろん、そのような人が全くおられないとは言いませんが、残念ながら、日本においては、私利私欲を優先し、政治家の地位、権力を自分の為に利用しようとする人間が如何に多いかと感じています。それこそ、日本において、どんどん貧富の格差が拡がり、一般庶民が行き辛い社会になっていることが証拠なのです。

 今、政治家になっている人達は、多くは、厚かましくて、欺瞞に満ちた行動、言動を平気で繰り返すことが出来るような人間が多数だと思っています。そう考えれば、国会や地方議会における金や権限乱用などに関する問題は当然起こるべきして、起こっているのだと考えられます。最も問題なのは、そのような活動に注力している間に、庶民の為に必要に活動が疎かにされ、みんなから徴収した税金を国民の為に使っていないことなのです。

 このような状況を作ったのは、私利私欲の強い政治家を呼び寄せる議員の高待遇や、選挙制度の不備にあると思います。そして、その法律を決めるのが彼ら自身であると言うことに、解決の道を閉ざしているのです。一方、そのような状況を放置して来た我々国民の問題でもあるのです。ここ数十年間、政権を握って来た自民党が大企業と富裕層に向けた政策を続けて来ていることが格差社会を助長する原因となっているのですが、力のあるそれらの層が富と力を使うことで、彼らの周辺の一般国民も、権力層に迎合していることも関係あると思います。我々国民の多くが自分の首を自分で絞めているということをはっきりと自覚しないといけないのです。

 国会議員の政治と金の問題は未だ明らかになっていません。そして、昨今の福岡県議の問題を見ますと、やはりどこでも根は一緒であると考えた方がいいと思います。彼らは政治には金が必要なのだと言い訳をしますが、金が必要でないような、選挙制度、議員活動にすればいいのです。私がこれまでも述べて来ましたように、それは可能なのです。なのに、やろうとしないのは、彼らの望みは既得権益を守ることなのです。そんな人達に改革など出来る訳はありません。

 日本がこの構図のままでいると益々不幸が蔓延する社会が拡大して行くのです。

 

投稿者

弱虫語り部

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