世界的に、AIに関する情報が駆け回っています。特に、我々人類にとってマイナスとなるニュースが大半を占めているのが気になります。
本来、AI開発は人間の生活をさらに豊かにする目的で進められて来ました。それなのに、一部の国家や反社会的な組織がAIを悪用することでこのような状況が作られているのです。
昭和時代に、「鉄腕アトム」と言うテレビアニメがありました。その中で、人工知能(AI)を持つロボットが主役でしたが、ロボットは鉄則として、人間に害を及ぼさないことがうたわれていました。しかし、悪役に使われていたロボットはその鉄則を守っていないことが分かり、この矛盾について、大いなる疑問を抱いていたものでした。それが、真実なのです。つまり悪の手先となれば、人間に作られたロボットであっても、人間に害を為す行動をとってしまうのです。
現在の最新のAIも、結局、誰が使うかによって、多くの人間に役立たせることも出来るが、多くの人間に害を為すことも出来るのです。
この非常に重要な問題を後回しにして、AIは開発されて来たのです。AI開発について、当初からその問題について正面から向き合い、ある程度の制御をして来ていれば、現在のような状況は防げた筈だと思います。しかし、ノーベル博士がダイナマイトを発明したときも、いろいろな物理学者が原子力を発見したときも、その技術は結局のところ、人間の生活に活かされただけではなく、人殺しの道具となってしまったのです。
科学の大発明、大発見は、科学者の純粋な探求心から生まれたと思うのですが、残念ながら、直接関わった科学者自身がその使い方について、技術的にだけフォーカスし、政治的、経済的な影響を見積もれず、またそのような政治的コントロールを出来る政治家もいなくて、結局は制御不能な状態を作ってしまって、人類を混沌とした状態へと落としてしまったのです。科学技術の進歩は凄まじいものですが、それに比べても、人間の愚かさは何倍も勝るのです。
私は、科学技術を考える際に、その究極の目的は人間を幸福に出来るかで、判断すべきと考えています。
AIをどんどん開発していくことで、人類はどれだけ幸福になっていくのでしょうか。AI開発を推進するビジネスマンの頭には、生活を便利にするとか、人間の労働を代替することしか考えていなかったのではないでしょうか。そして、それが金を生むと考えているのでしょう。
多くの人間は、目先の便利さや楽しさについつい惹かれてしまいます。我々庶民は、AIで、自分の勉強や仕事の一部を担わせることで、ついつい楽しようと、AIに頼ってしまいますが、そのことが長い目で見ればどういうことにつながっていくか、考えたことは無いのではないでしょうか。
生活をすることが楽になればなるほど幸せになると思うことこそ、大いなる勘違いであると思います。人間は生物ですので、ひとつの個体として生きることを怠けると、いろいろと障害が生じるようになり、最後には、その命を脅かすような仕組みを内在しているのです。複雑な生体の全貌は、未だ解き明かされていませんし、AIでもそのことを解明することは出来ていません。つまり、AIがどんなに優れているとしても、人間を幸福にすることには、ほんの少しの部分しか貢献出来ない状態ですし、反対に不幸に陥れることは簡単なことなのです。
人類がこのことを忘れて、効率重視、経済性重視でAI開発に邁進していけば、きっと大きなしっぺ返しを受けると思います。私は、人間の人生の目的は、如何に幸せになるかだと思っています。今、世の中を動かしている人達の多くは、生産性重視で、社会の富を増やし、社会全体から搾取しやすいようにして、多くの権力と富を獲得することを目的にしているようです。だから、AIをその目的に適うように開発し、使っていこうとしているのですが、その限りであれば、AIは多くの人間を不幸にすることになってしまうでしょう。
私は、少しでも多くの人達が幸せな人生を求めていけるような社会を目指すことを目的として動いていくことを目指すべきだと思います。そのように考えてみますと、AIをどのように開発し、どのように活用すべきかが、見えて来るように思うのです。
つまり、人類全体の幸福度向上を基準として、AIを活用する場面と、利用してはいけない場面を明確に区別することなのです。逆に、今のように何から何まで、AIに頼ろうとすることは、人類そのものを退廃させ、滅亡への方向に進ませるかもしれません。