イスラエル・米国対イランの紛争は未だに終わりの見えない不透明な状態が続いています。この紛争によって、世界の報道から忘れられているかのようなロシアのウクライナ侵攻も未だに続いています。どちらも、トランプ米国大統領とプーチンロシア大統領の決断によって、このような事態になっているのです。両者とも、短期的に目的は果たせると言う読みが外れて、泥沼化して行っているようです。
このような権力者の判断により、今、どれだけ多くの人達が死傷し、被害を被り、生活に支障をきたしているのでしょうか。一部の取り巻きが反旗を翻しても、すぐに解任されてしまうので、その他の取り巻きは口をつぐんでいるのが実情だと思います。そのような権力の中枢にいる者でも独裁的な権力者に物申すことが出来ないのに、また、米国やロシアの国民でも何とも出来ないくらいですから、我々他国の市民にはどうする術も無く、与えられた現実を呪うばかりです。
我々は幼い頃から、人様に迷惑をかけてはいけないと両親や学校の先生、回りの大人達から言われて来ました。しかし、現実の大人の世界では、権力こそが全てで、世界の何十億人の民衆が困ろうとも、権力者の欲望が優先しているようです。政治家とは国民・市民の命と生活を守ることが本分のはずが、いつの間にか、ほんの一握りの権力者の危うい判断によって、数十億人の人間が振り回されているのです。
巻き添えをくらう我々は何も出来ずに、嵐が去るのを待つしかないのでしょうか。このような理不尽なことに立ち向かう術を作ることこそが、この世界を幸せにすることに通じるのではないでしょうか。人間の知恵はそのようなことに働かすべきだと思うのですが、現実には、多くの人間が誤っていると感じていることがまかり通っているのです。人間とはそこまで愚かなものでいいのでしょうか。
私がこのブログで主張して来ていることは、自分の幸せは、利己的な行動では決して達成出来ないという原点に帰り、それぞれの人間が、自分の幸せを追い求める自由は、他人の幸せを尊重する土台の上に成り立つものであると言うことを知るべきなのです。幸せとは権力や富で得られるものでは無く、お互いの調和の下に成り立つものだと言うことです。残念ながら、今の権力者達や超富裕層達はこの幸せの原理を理解していなくて、物質的な欲望の達成に翻弄されているのではないでしょうか。そして、権力のおこぼれにありつこうとする人間が多数存在していることも、この悲惨な世界を生んでいることの要因でもあるのです。
この世界には余りある富が存在していますが、一握りの人間がそれを握っていることで、多くの貧困や飢えに苦しむ人間が存在しています。そのことで、社会は荒れ、悪事が蔓延ってもいるのです。その最たるものが、人間を殺すことを正当化している戦争という手段なのです。
逆に、富をある程度全人類で共有しさえすれば、地球上の多くの人間はある程度豊かな生活をすることが出来、そうであれば、一部のDEタイプの人間を除き、大多数のWEタイプやAEタイプの人間で構成される世界(3. 非常におおまかだが、本質的なひとの分類の項を参照してください)は、ある程度豊かな生活が行き届いて行き、そのお陰で、平穏な社会が成り立ち、多くの人々がそれぞれの幸せ探しを求めて生きていけるようになるのです。もちろん、心身共に健康である人間は社会の為に働くことは必要でありますし、その成果によって、ある程度の報酬の格差は必要であるべきでしょう。しかし、真面目に働いていれば、誰でも飢えたり、貧困になったりすることは無くなります。また健康を害していたり、親の保護を受けられない子供のような弱者は、社会が支えていかなければなりません。
つまり、私がいつも主張しているのは、自分だけ、自分の家族、身内だけ、幸せになるということは、長い目でみれば、あり得ないのです。みんなが幸せになって初めて自分も幸せになるのです。利己的な人間の行為で、一時的には、幸せのような気分を味わえるかもしれませんが、それは長くは続かないのです。いずれは、社会が不穏になって、自分や自分の家族に、厄災が降りかかって来るのです。
共生こそ、みんなが幸せになれる唯一の道なのです。権力者であろうとも、ほんの一握りの人間達の利己的な判断で、我々ひとりひとりの人生を壊す権利は無いのです。