新潟県の高校の軟式テニス部が練習試合に向けて、マイクロバスで移動中にガードレールに突っ込み、男子部員が死傷した痛ましい事故がありました。

 そのマイクロバスを運転していた男性が逮捕されました。直接の原因が、運転手の運転ミスであったと思われますが、事故はそんな単純な問題ではなく、そのバスをレンタカーとして借り受け、運転手を紹介したバス会社、運転手の様子がおかしいと同乗した部員にも認識があったようですが、そのような危険サインの見逃しも含め、生徒達の安全についてきちんとした管理を怠ったと思われる学校関係者、三者三様の行動に問題があったと考えられると思います。しかし、バス会社側も学校側も、お互い異なった見解を申して、責任回避と思われるような言動が見られています。

 誰かを信用しているから自分はやらないで人に任せるとは、一見いい言葉のように思われますが、これはまさしく、自分自身の責任放棄、責任転嫁なのです。任せるとは、任せて大丈夫であることの根拠を明確にし、その任せる判断に責任を持つくらい、考え抜いた結論であるべきです。言葉だけで安易に任せるとは自分のすべきことから手を抜いているだけなのです。だから、今回の件では、責任回避がプンプン匂うのです。

 事故の詳細はこれからの捜査で明らかになっていくと思われますが、このような悲惨な事故が起きてしまった大きな要因として、関わった三者が三者ともいい加減な対応をしていたことが重なって起きたと考えられると思います。

 運転手は、二種免許を持っていないという元々旅客での運転手の要件を満たしていなかったことだけでなく、杖が必要な体調や、直近短期間の間に交通事故を三件も起こしていたという事実に目を瞑り、大事な命を預かるバス運転を安易に引き受けたことが大きな問題です。バス会社としては、これまでも数回、貸し切りバスでは無く、レンタカーと運転手の手配をしていたことで、今回も安易に問題運転手を確認もせずに紹介したこと、学校としては、生徒の安全管理に責任があるのに、バス会社を全面的に信頼していたとして、必要な安全の為の確認、注意を怠ったことが重要な問題となると思います。ようするに、三者が三者とも適当な判断の下に行動した結果、このような痛ましい事故が起こってしまったのです。

 三者とも安全に対する基本的な考えを理解していないと言わざるを得ません。その基本とは、人間とはミスをしたり、適当に手を抜いたりする生き物であるということを前提に安全管理を行うべきだと言うことなのです。どこかの段階でミスが起きても、深刻な事故につながらないように、ルールやチェック、確認などを施さなければならないのです。

 今回の場合、運転手は事故など起こさないという何の根拠も無い思いがあって、運転を引き受けたのでしょうが、自身を客観的に点検すれば、運転、ましてや人の命を預かるような仕事を引き受けるべきではないことを判断出来た筈でした。バス会社の営業担当者が安全運行について責任があると思っていたら、どのような人に運転を依頼するのか、きちんと確認するべきでした。そして、学校の部活の顧問が部員の命に責任があるときちんと認識していたのなら、いつも頼んでいて問題無いバス会社の営業担当者だからと言って、丸投げなど出来ない筈です。どんな人間が運転するのか、確認すべきですし、最低でも、自身がバスに同乗して、運転手の技量、様子などを確認することは可能だった筈です。荷物が多いから自分だけ別の車で行くなどは単なる言い訳であり、バス会社に全員を同乗出来るバスを要求すればいいことだった筈です。

 要するに、三者が三者とも、安全に対して、自分のこととして、責任を果たそうとは考えていなかったのです。人任せで責任を放棄していたのです。事故はこのような人間のミスが重なったときに起こってしまうのです。逆に言うと、一人でも、自分の問題として安全をきちんと確認していれば、起こらなかった事故なのです。最も悔しいのは、こんなことで命を失った高校生だと思います。事故の後も、バス会社も学校も責任を転嫁するような発言をしていることからも、安全管理責任を全うしようとしていることなど、微塵も考えられませんでした。

 私は、現場での作業や安全管理に関わって来た経験で、どんな人間でも完全では無いと考えて行動をとる習慣がついています。例えば、マニュアルを完璧に作っても、そのチェックを何重にしようが、事故は起きてしまうことを見て来ました。それは、人間はそのときの気分でマニュアルを無視した行動をすることもあるし、チェックが何重でも、自分以外の誰かが見ているだろうと自分自身はきちんとチェックしないことが全員に重なって、ミスを見逃すこともあるのでした。だから、安易に人を信用しない、安易に他人任せにしないことが、重要であると考えるようになりました。

 このようなノウハウは、人間の歴史で積み上げて来た失敗を経験したことで生まれて来たものです。だから、多くの犠牲者の上に積み上げられたその貴重な経験を無駄にしてはいけないのです。出来れば、学校の教育現場で、そのような安全に対する意識を徹底的に叩き込むことが必要だと思うのです。ひとりでも、多くそのような責任のある安全意識を持つ人間が増えれば、悲惨な事故のかなりが未然に防げると思っています。本来は、受験勉強よりもっと大切で、誰もが身につけるべき生きる上での知識・知恵だと思います。

投稿者

弱虫語り部

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