日本における未婚率は年々増加しています。それに伴い、出生率も低くなって行っています。これは、日本に限らず、日本の十倍以上の人口を持つ中国でも、深刻な問題になっています。以前には人口増加が止まらず、その対策として、一人っ子政策を実施していた中国でしたが、その反動でしょうか、人口減が問題になるところまで来ているようです。結婚に縛られない生き方が若者に拡がっていることもその一因となっているのでしょう。
そのような背景の中の中国で、結婚式当日に、飛び降り自殺した若い女性教師がニュースになっていました。彼女が直前に投稿したSNSからうかがえるのは、結婚を迫る家族からの圧力に苦しんでいたようです。中国では、適齢期の子供の親が子供の相手を熱心に探すこともよくあるそうです。中国では伝統的に家系を絶やさないことが当然のことと長らく考えられているようですが、そのような価値感は少し前までの日本でも続いていたと思います。しかし、そのような風習で、幸せになれるどころが、苦しんだ人々が多く存在したのです。
個々の人間が子孫を繁栄させる思いと、政府が人口減に歯止めをかけたい思いとが重なり、このような状況が生まれているのだと思います。このブログでも、自然の摂理について、述べて来ましたが、確かに、自分の遺伝子を次世代につなぐこともDNAの呪縛のひとつであるかもしれません。しかし、自然は家系というものを重要視している訳ではありません。より環境に適した遺伝子を造っていくことこそ、自然の摂理だと思います。ひとつの遺伝的系統が続くことより、より有用な遺伝子を取り入れて、強い個体を造り出すことこそが自然の狙いなのです。そういう意味で、人間が自分の家系を残すことに固執することは、一部の人間の論理でしかなく、自然の摂理から少しづつ逸脱していく方向にあるのです。
本来は、人間の個々の人生は、家族のものでも無く、国のものでもありません。個々の人間が幸せに生きることこそ重要だと思います。そんなことを言えば、今の減少率のまま人口が減少して行けば、計算上では、いずれ人口がゼロになり、日本という国が滅ぶことにつながるから、そのような個人の幸せを第一にすることは間違いであると言う政治家がいると思いますが、それは数字のマジックでしかなく、自然の摂理を充分理解していないだけでなく、否、そこに実は、歴史的に続いて来た搾取する側の陰謀が隠されているのです。
人間は、衣食住をメインにして、生産活動を続けないと生きていけません。我々庶民はそのような活動に日々従事し、その糧で生きているのです。しかし、権力者、政治家、役人、資本家などはそのような庶民が生みだして来た産物から搾取しないと生活出来ないのです。庶民の数が多ければ多いほど搾取する産物も多くなるのです。ですから、搾取する側から見れば、人口減は死活問題になると言う訳です。逆に、個々人が、自分の食い扶持は自分で産むという生物としての本来の生活感があれば、数の多い少ないはさほど問題無いのです。反対に、地球で自然から得られる産物の量を考えますと、数が少ない方が豊かな暮らしが出来るとも言えます。しかし、あまり少ない数であれば、気候変動、災害などによる危機のときに、対応出来なくなりますので、ある程度の規模は必要ですが、少なくとも、人間一種で80億人に増えるメリットはありません。つまり、現状であれば、地球規模では人口減少は自然の摂理かもしれません。
本当の問題は、生み出された富をどう分配するかなのです。人から富を搾取したいと考えるものにとって、権力を確保したいと考えるものにとって、いかにその取り分を増やすかが、重要であって、より多くの人達が豊かに暮らせることより、生かさず殺さず、富を生産させて、その富を搾取することこそ重要なのです。その証拠として、いかなる社会であっても、多くの民衆が貧困に喘いでいるとしても、一部の権力者、政治家、資本家は法外に豊かな生活を享受出来ているのです。
長い歴史の中では、その為に、大きな力、武力を持つことで、その搾取を可能にして来たのです。現代になっても、社会主義体制であろうが、共産主義体制であろうが、自由主義体制であろうが、権力を握っていて、多くの富を握っている一部のものが、富を独占している構図は変わりません。自由主義と言っても、資本主義体制であれば、権力者、資本家が富を搾取していることに変わりはありません。百歩譲って、権力者などが統率しているから、平穏な社会があると言うのが、権力者の主張だと思いますが、そうであったとしても、ここまで貧富の格差を拡げていることに平気でいるのは民衆の指導者と言えるのでしょうか。
人間が、家系などと言うものにこだわるのは、そのような体制を維持する為に都合いいことだからであります。個々の人間の幸せを尊重しようとする本当の愛情から出て来るものでは無いのです。このような個々の人間を幸せに出来ないシステムが、家系や家格の中に潜んでいるのです。そして、それを正当化する為に、人口減少は人類発展の為の大きな障害であると叫んでいるのです。
まとめますと、富を適正に分配すれば、人口の多い少ないと関係無く、人間はある程度豊かに生活出来ます。しかし、多くの民衆から搾取して、富を集めようとするものにとっては、人口減少はその体制を崩壊することにつながり、死活問題となるのです。そして、その体制の維持には、家系の維持は都合いい習慣となり、多くの人間がその呪縛に囚われてしまっています。この呪縛から解き放たれる、つまり、個々人の人生は個々人で判断する、誰も無理やり結婚したり、子供を作ったりする必要はないのです。自然の摂理では、人口が減少していけば、全体的には、それを食い止めようとする力が働き、子供を作ろうとする人達がまた増えて来ると思うのです。つまりそれは社会が、権力や、家系を継承させようとする力で強制しなくとも、自然の摂理がそうさせるのです。人間が人間を力で強制させるより、自分の子孫が幸せに暮らせる社会であると多くの人間が感じることが出来るような社会になることこそ、一番重要なのです。