相変わらず米国トランプ大統領の独断専行が目立っていますが、そのようなリーダーの振る舞いは、いろいろな国で見られています。日本でも、高市首相がいろいろな国民などの声も耳に入らないのか、独善を貫こうと進んでいます。

 私は、このような独裁者的な状況は、多くの国民、市民にとって、非常に都合の悪いことにつながって行くと考えています。つまり、一部のものを利するような方向に社会がどんどん進んで行くからです。

 もともと人間は一人では、どれだけ天才であるとか、才能に恵まれているとかであっても、神のような全知全能を持つことは出来ません(「758. 完全な人間はいない、つまり絶対的な権力など与えて良い人間などいない」を是非参照願います)。そこで、人間は集団組織を形成して、個々人の長所を活用し、短所はカバーし合うことで、最善の判断と実行を出来るようにしようとして来たのです。しかし、残念ながら、人間は議論を尽くし、意見をまとめると言うことが不得意で、集団指導体制では、組織を円滑に動かすことが出来ないので、リーダーが必要になっているのです。問題はそのリーダーに与えられた権限が強過ぎるのです。そして、その権限を大多数の国民の為に使うのでは無く、一部の自分の賛同者の為に使おうとしてしまうことなのです。

 たった一人のリーダーが任期中に、近視眼的な損得勘定でいろいろな事を決めて行くとどうなるでしょうか。長年に渡って築き上げられて来た秩序が崩壊し、社会はたちまち混乱の中に突入してしまうでしょう。この地球において、生物は途方も無い時間をかけて進化し、そして、人類は、その時間に比べれば短いのですが、人間の寿命よりは何十倍もの時間をかけて、多くの失敗と犠牲を重ねて、一歩一歩、社会というものを形作って来ました。そのような地球規模の視点を忘れてはいけません。そのことに比べてみれば、一時の人気で選ばれたリーダーくらいの叡智だけではとても通用しないのです。

 真のリーダー足るべき人間であれば、このような視点を忘れずに、つまり己の能力を過信せず、謙虚な姿勢で、ことに当たっていくべきなのです。そうであれば、自分の意見に異を唱えるものでも、排除せずに、どうしてそのような考えなのか、その背景まで熟慮し、少しでも活かそうとするものなのです。そのことで、人間全体の力をマックスまで活用出来る社会が出来るのです。

 しかし、今の各国のリーダー達は、異を唱えるものはどんどん排除し、周りにイエスマンで固めることが多いのです。そのことがより一層、リーダーの独善を助長することになります。

 それこそ、トランプ大統領や高市首相の周りには、心の中ではいろいろな考えを持っているかもしれませんが、表面上は従順な人間を装っているものばかりが目立っているとは思いませんか。

 こんな状態で、民主主義だと呼べるのでしょうか(「762. 民主主義の本質を見失わないで」を是非参照してください)。

 我々国民は小さな力しかありませんが、しかし、このような状態に導いている政権、リーダーに対して、選挙の場で、きちんと意思表示するしか、我々の打てる手は無いということを肝に銘じなければなりません。その選挙権を放棄することが、一部の富と権力の持つ人間達の思う壺で、結果、今の生きづらく貧しい社会を作っていることを忘れてはなりません。

投稿者

弱虫語り部

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