日本だけではないと思いますが、大半の国民の生活が苦しくなっている状況はどうして、打破されないのでしょうか。また、個々の人々が幸せを追求したくなるような社会になっていないのは何故でしょうか。

 もちろん、その原因はひとつではありませんが、冷静に世界を、そして日本を眺めていますと、浮かび上がって来ることがあります。

 それは、多くの国民、市民、人民を統率している政治家達が、結局、ほとんど私欲を優先するような人間達ばかりだからだと思います。権力とそれに伴う特権や富を目当てに、政治家を目指す人間がほとんどなのです。

 だから、政治家達の間で繰り広げられているのは、権力争い以外の何物でもありません。

 それを浮き彫りにする為に、私企業の活動に対比して考えてみたいと思います。日本を代表する世界的企業のトヨタのドキュメントをNHKが放送していました。その内容は、トヨタの過去最も売れているカローラの次期モデルの開発プロジェクトの話でした。ひとつの大きな挑戦としては、車体の基盤とも言えるプラットフォームをガソリン車、ハイブリッド車、プラグインハイブリッド車、電気自動車すべてについて、共通化するというものでした。これにより、幅広いニーズに対して高性能で安価な車を大量生産出来ることになるのです。大衆車と言うカテゴリーですから、マーケットでの多くの購買層のニーズに応えなければなりません。この目標達成に対し、開発部門のみならず、経営層、生産部門、営業部門、部品を担当する下請け企業に至るまで、ひとつになって、知恵を絞り、議論を尽くしている姿が印象的でした。世界でも優れた人材、技術を持つ企業であっても、目標を同じくし、皆必死に知恵やアイディアを絞り出していってやっと、今の世界のトヨタがあるのです。

 これに対して、国の舵取りを担う、政治の世界ではどうなっているでしょうか。現状では、衆議院での過半数議席を保有する自民党、その中の高市首相周辺と、高市政権を支える日本維新の会が、法案立案と法制化が極一部の人間達の思惑に沿う形に築かれて、それをごり押ししていく様子が顕著に現れています。国民会議とか、委員会とか、専門部会とかで立案していくと言うのは、ほとんど形式的に手続き上の最低限の体裁作りだけされてはいますが、とても、国会全体で議論して、叡智を結集して、少しでも国民の為になるような案を作ろうとしているとは思えません。つまり、真に国民の為に少しでも良い案を作り出そうとする努力がされているとは言い難いのです。多くの議員達がそれぞれ好き勝手なことを描いて、単にそれをぶつけ合うだけで、生産的で、効果的な案が作られて行くとは言い難いのです。本来は、政治家には、政党や派閥は違えども、国民を幸せにしたいと言う共通の目的があって然るべきで、その共通目的があれば、最善な策をみんなで作り上げられる筈なのに、そんなことより、権力争いの方が優先されるのです。

 そう考えると、国会で議論して苦労するより、数にものを言わせて、自分達に有利な案を作り、法制化することが、彼らの思惑としては、一番合理的なのでしょう。多くの議員が、ましてや国民が納得するような素晴らしい案を作るのは非常に難しく、またそれを具現化するには、相当な知恵が必要でしょう。しかし、トヨタはそれを為しているのです。国会で出来ないのは、国民の為という議員全体の共通目標などは無く、己の欲望達成の場にしかなっていないからなのです。そのような人間達に、我々の生活と将来を託すことなど出来る訳はありません。嘘では無く、国民の為に滅私奉公したいと言う人材こそ、国民の代表者とすべきなのです。そして、そのような人間を政治の世界に誘導出来るような社会にすべきなのです。

 その為には、これまで何度も述べて来ましたように、選挙制度も議員の待遇、権限も大幅に変える必要があるのです。

投稿者

弱虫語り部

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